変革の130年

History History

役割の変化とともに、 歩んできた130年

貸布団業として始まった小山は、
時代ごとに求められる役割を変えながら
事業のかたちを進化させてきました。
モノを届ける会社から、
モノの運用を支える会社へ。
そしてモノの流れそのものをDXで変える会社へ。130年かけて重ねてきた変化をご紹介します。

これまでの事業変遷

創業期

必要とされる場所へ必要なモノを。 必要とされる場所へ必要なモノを。

1893年。京都で小山貴一の三男・小山榮三郎が独立し、貸布団業を興した。まだ「貸布団」という商いそのものが珍しかった時代。鉄道工事や道路建設といった大規模工事の現場では、宿舎に入る作業員たちが布団を求めたという。時に数千枚の注文にも応え、「眠る」という誰もが抱えるニーズに向き合い続けた。転機は1923年の関東大震災。奈良から東京へ布団1万6000枚を送り、翌年には横浜へさらに1万枚を追加供給した。求められる場所に、求められる物を、求められるときに届ける。対応力と供給力が証明された出来事だった。

転換期

医療分野への進出。「貸す」から「運用する」会社へ。 医療分野への進出。 「貸す」から「運用する」会社へ。

戦後、医療分野へと進出する。狙ったのは、入院患者が使用する「基準寝具」という領域だった。徹底したのは、寝具を供給するだけでは終わらせないことだ。洗濯・消毒・再製まで、運用全体を自社で担う体制を築いていった。当時、病院の寝具は院内で洗濯することしか認められておらず、外部の事業者に委託する仕組みそのものが存在していなかった。そこで小山は、奈良県厚生労働部保険課、奈良県医師協同組合の指導のもと共同洗濯体制を整備。全国に先駆けて基準寝具の共同洗濯工場の経営に着手し、医療の現場に自社での洗濯・管理という新しい仕組みを持ち込んだ。

発展期

リネンサプライとユニフォームリースへの拡張。 リネンサプライと ユニフォームリースへの拡張。

1973年のオイルショックは、主要顧客だった建設業界を直撃する。従来の貸布団モデルだけでは立ち行かなくなる中、4代目社長・小山良藏は事業の軸を見直す決断をした。枕やシーツ、関連備品までを含めた「トータル寝具」という考え方を導入し、リネンサプライというサービスモデルを確立。さらに病衣や白衣といったユニフォームのリースへと領域を広げていく。モノを提供するだけでなく、利用環境全体を整えることで現場の効率や快適性に寄与する。ここで本格的に「モノの提供」から「価値の提供」へと変わっていく。

変革期

モノの流れを変える仕組み作りへ。現場の負担にITという答えを。 モノの流れを変える仕組み作りへ。 現場の負担にITという答えを。

医療・介護の現場で小山が見てきたのは、モノそのものではなく管理や運用に伴う負担だった。在庫の把握。補充の判断。回収や交換のタイミング。目に見えない手間が積み重なり、業務の効率を下げ続けていた。従来のリースの枠組みのままでは、その課題を根本から解決できない。モノを届けて終わりにするのではなく、「モノの流れそのもの」を設計し直す必要がある。その答えの一つがITだった。2013年、プライベートクラウドの構築に着手。2014年には京都に新たな工場を建て、白衣を自動で仕分ける機械の開発を始めた。

DX in Action DX in Action

  • Reason

    なぜ、小山はITに舵を切ったのか。

    リース業界全体がアナログのまま止まっていた。営業・事務・工場・物流はそれぞれ別々に動き、全体がつながっていない。 営業が取ってきた仕事は途中で分断され、工場への指示は人づてに流れ、請求書は実態と合わずお客様との照合が毎月発生する。課題を解決するどころか、課題をお客様に押しつけていた。業界全体が同じ構造を抱えたまま、誰も変えようとしていない。小山がここを変えれば、頭ひとつ抜けられる。その確信が、ITへの舵を切らせた。

  • Assignment

    DX推進を阻んだ3つの壁

    変革を進める上で、技術的な課題よりも難しかったのは人と組織を動かすこと。正しい方向がわかっていても、それぞれの現場には、それぞれの事情があります。理解を得るまでに、多くの時間と対話が必要でした。

    • 01

      現場の反発

      最大の難関は、白衣リースの仕組みを会社全体で作り直すことだった。営業・事務・工場・物流、すべてが同時にやり方を変えなければ成立しない。しかし「言われた通りやっているのに、何が悪いんだ」という反発は強かった。

    • 02

      縦割りの壁

      「ITのことはIT部門だけで解決する」「部署の問題は部署の中で片付ける」。そういう考え方が根強く、企画が営業・工場・物流・バックオフィスをつなぐという設計は、既存の部門の壁にぶつかり続けた。効果が見えない段階では、動く理由がない。現場で実績を積み上げることでしか、理解は得られなかった。

    • 03

      前例のなさ

      慢性期・療養型の病院では、おむつの使用記録をつけることが義務づけられている。しかし管理する専用システムは存在しなかった。「作って配ればいい。小山からおむつを買ってくれるなら無償で提供する」。このモデルは当時の上層部で強く反発された。

  • Action

    小山の取り組みと広がり

    課題に気づいたなら、仕組みで解決する。必要な道具がなければ、自分たちでつくる。 小山のDXは、地道な取り組みの積み重ねで形になりました。

    すべての業務を、 ITでひとつにつなぐ

    2013年、まだクラウドという言葉が普及していない時代に、小山はプライベートクラウドの構築に踏み出した。2021年にはパブリッククラウドへと拡張し、受注から指示・工場・物流・請求まで一本の流れとして統合。「伝え忘れ」「伝え間違い」によるミスを、仕組みとして排除した。

    世の中にない機械を、 自分たちでつくる

    必要な機能を持つ機械が、そもそも存在しなかった。2014年に建設した京都工場で生まれたのが、白衣自動分配システムだ。バーコードを読み取り、誰の白衣かを自動で判別して個人ごとに仕分けする。日本初の仕組みで、「探す」という作業を現場からなくした。

    成功体験を、全員に届ける

    請求書のトラブルがなくなった。指示ミスがなくなった。クレームが減った。一つひとつの変化を持ち場で実感してもらうことが、変革を定着させる唯一の方法だった。成功体験が積み上がるにつれ、新しい取り組みへの抵抗はなくなっていった。

  • Result

    DXによって起きた変化

    「できない」が「できる」に変わり、自分たちのサービスへの自信が生まれました。 その変化は現場だけでなく、事業や社員の意識にも広がっています。

    現場レベルの変化

    「探す」「数える」「問い合わせる」という業務が、仕組みとして消えていった。白衣は個人の元へ自動で届くように。おむつの使用記録はタブレット一台で完結し、請求書は自動で出力される。在庫に関する問い合わせ件数はシステム導入後に大幅に減少した。工場のスタッフは、本来集中すべき品質検品や衛生管理に時間を使えるようになった。そして何より、自分たちのサービスに自信が持てるようになった。

    事業レベルの変化

    「小山は、ほかの業者とは違う」。お客様からそう言われるようになった。リースの相談だったものが、業務全般の相談に変わったのだ。今では医療機関のセキュリティ相談にも応えられる存在になった。入院セットの管理システムは同業他社へのSaaSとして提供され、横並びだった業界の中で、小山だけが一歩先へ出た。

    社員の意識の変化

    自分の持ち場を守ることから、次の工程・次の担当者のことを考えることへ。各事業部では新サービスを生み出すための会議体が設置され、現場からアイデアを出しやすい環境が整っていった。おむつカウントアプリは、ある営業担当者が現場で気づいた「手書きカウントの手間」から生まれたサービスだ。「自分たちの現場理解が、新しいサービスになる」という実感が、組織全体に広がっている。

Future Future

人間にしかできないことをやる。 DXはそのための手段です。

DXを通して築いてきたものは、業務の効率化だけではありません。

「小山なら相談できる」。お客様からそう思っていただける関係と、その期待に応え続ける組織の力が、この10年で育ってきたと感じています。

実際、お客様から寄せられる相談の中身も変わり始めているんです。単に「今ある業務を楽にしたい」という声だけではなく、「そもそもやり方を変えられないか」「さらにこうなれば、もっと現場は良くなるのではないか」。これまでの業界の常識を見直すような相談が増えてきました。すべて新しいサービスの芽です。企画・営業・情報システム・セキュリティの各部門が集まり、課題を解決していく。そのサイクルが、年々速くなっている実感があります。 当然、AIもこのサイクルに大きく関わってきます。ただ、私は10年分のノウハウと現場理解があってはじめて、AIは本当の力を発揮できると考えています。何をつくるべきかが見えていなければ、どれだけ優れたツールを使っても意味がありません。

だからこそ、大切なのは人と組織の成長なんです。

AIに任せられる仕事は、これからもっと増えていきます。だからこそ人は、お客様の声の奥にある課題を見つけたり、部門を越えて知恵を出し合ったり、新しいサービスの種を形にしたりすることに力を注いでいくべきだと思っています。

率直に言えば、売上や利益という面では、一定の成果が見えてきました。私たちが次に目指したいのは、数字を伸ばすことだけではありません。お客様の課題を解決することで私たち自身も成長し、その成長によって、さらに深い課題に応えられるようになること。その好循環をつくることが、小山が目指す先です。

取締役副社長CIO 土肥 照廣

History History

  • 先代小山榮三郎が京都市において起業

  • 奈良市街に「小山榮三郎貸物店」の看板を掲げる

  • 資本金1万円にて「小山組商会」を設立

  • 合同会社小山商店を設立

  • 関東大震災の際、被災者布団1万6000枚を製作し内務省に納入

  • 3拠点の営業所(小山寝具再製株式会社・大和寝具合資株式会社・倭寝具合資株式会社)を相次いで独立させる

  • 営業力を成長させていくために3社を吸収合併し、「小山合資会社」として発足

  • 奈良県厚生労働部保険課・奈良県医師協同組合の指導のもと、全国に先駆けて基準寝具の共同洗濯工場の経営に着手

  • 小山株式会社を設立

  • 国民体育大会や万国博覧会、オリンピックなど国家規模の催しにも市場を拡大

  • 新たな分野である「トータル寝具」の分野へと駒を進める

  • 小山産業株式会社を設立

  • 小山寝装株式会社を設立

  • 本社工場が医療関連サービスマークの認定を受ける

  • 阪神淡路大震災が発生し、被災地に迅速に寝具を提供

  • 介護関連事業の拡大を図るべく関東地方に進出

  • 環境に関するマネジメントシステム「ISO 14001」の認証を取得

  • 品質に関するマネジメントシステム「ISO 9001」の認証を取得

  • 東日本大震災が発生し、被災地へ迅速に寝具を提供/本社事務所を奈良市大森町へ移転/介護ショップ「カインドハウス」を新本社内に移転し、介護用品ショップ・医療福祉と介護のショールームとして開業

  • 創業120周年を迎える

  • 大阪市中央区に医療福祉事業部 第二大阪事務所を開設/大阪市浪速区に介護関連事業部大阪事務所を開設/京都府宇治市に白衣・タオル洗濯専用の京都工場を設立

  • 熊本県菊池郡に布団の製造と白衣・タオル・布団の洗濯工場を設立

  • 神奈川県厚木市に介護関連事業部 厚木事業所を開設/大阪府松原市に布団とリネン等を洗濯する大阪工場を設立

  • 埼玉県入間市に介護関連事業部 入間メンテナンスセンターを開設

  • 京都府宇治市に医療福祉事業部 京都事務所を開設

  • 愛知県江南市を拠点に業務用クリーニング事業を展開する興陽棉業株式会社を完全子会社化し、名古屋工場を開設/大阪府岸和田市に介護関連事業部 南大阪事業所を開設

  • 兵庫県明石市に医療福祉事業部 兵庫事務所を開設/埼玉県所沢市に介護関連事業部 所沢事業所を開設

  • 創業130周年を迎える

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